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東京地方裁判所 昭和39年(刑わ)4358号 判決

被告人 青柳孫四郎

大一二・二・二〇生 無職

主文

被告人を懲役二年六月に処する。

未決勾留日数中三〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和三九年九月二七日午後二時ごろ、東京都目黒区下目黒四丁目一、〇〇四番地三輪恵美子方において、同女所有の現金一四、九三〇円及び帯止一個(価格約七、〇〇〇円相当)を窃取したものである。

(証拠の標目)(略)

(累犯となる前科)

一  昭和三五年八月三一日豊島簡易裁判所窃盗罪懲役二年(昭和三七年八月三〇日刑執行終了)

証拠   東京地方検察庁検察事務官瀬戸井秀雄作成の前科調書

(法律の適用)

窃盗   刑法第二三五条

累犯加重 同法第五六条第一項、第五七条

未決算入 同法第二一条

訴訟費用負担免除 刑事訴訟法第一八一条第一項但書

(準強盗を窃盗と認めた理由)

本件訴因は、被告人は判示窃取後三輪恵美子方敷地内において守随裕に右犯行を発見され同人から腕を掴まれるや逮捕を免れる目的で同人をその場に引きずりまわす等の暴行を加え更に「死にたくなければ手を放せ。」と申し向けて脅迫したという準強盗であるが、先ず暴行の点について考えるに、証人守随裕の当公廷における証言ならびに被告人の当公廷における供述等によれば、被告人は守随裕に発見推何され、同人に腕又は襟首を掴まれるや逃走しようとしたが、同人が手を放さないので同人に腕等を掴まれたまゝ右三輪方庭内を逃げ廻り、或いは植込に押し込まれ、漸く一旦は表の道路まで出たものの再び庭内に引き戻され、両肩を掴まれて同家物置の壁に押しつけられ、結局同人及び加勢に来た守随裕の父及び隣家の松本淑郎ら三人に取り押えられたものであることが認められる。以上の状況によれば、被告人が逃走するに当つて守随裕が逃げられないようにと被告人に手をかけていた結果として守随裕を引きずつた形となつただけのものであつて、被告人としては積極的に暴行の意思もなく暴行の所為にも出なかつたものというべきである。その他に被告人が暴行に及んだことを認める証拠はない。次に脅迫の点について考えるに、証人守随裕の当公廷における証言によれば、被告人は物置の壁に押しつけられた際、「死にたくなければ手を放せ。」という趣旨に解せられる言葉を発したことが認められるが、その発言内容は必ずしも明らかでないのみならず、右は、被告人が逃走に失敗し庭内に連れ戻され物置の壁に押しつけられた際の発言であること、その声はふるえていたこと、右の事件があつたのは日曜日の昼間であつたこと、当時庭内には他に判示窃盗事件被害者の母がいたこと等の当時の具体的状況ならびに被告人の当公廷における供述とを併せ考えれば、右発言はむしろ被告人の弁疏する如く自嘲的ないし願望的な意味をもつた発言と認められ、積極的に相手方を畏怖させる意図でなされた害悪の告知とみなすことはできない。その他に脅迫を認める証拠はない。

従つて、本件被告人の行為は、準強盗ではなく単純な窃盗にとどまるものと解するのが相当である。

(裁判官 牧圭次)

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